社会

紀尾井町ビル

紀尾井町ビル

けれど私の正義感が、求道心が、もはやそれを許さなかった。
(世俗的な望みを捨ててきたはずじゃないか。
あれだけの犠牲を払い選びとった道を行くのに、いまさら何を恐れるんだ。
即刻クビというなら、それもいい。
これをきっかけに大川先生に、ホンモノの大如来として、大きな愛の輝きを持っていただくことのほうが大切ではないのか)
一方には不安もあった。
もしかしたら、今度のことは私には理解できない愛の表現なのではないか。
冷血を装って私たちをハラハラさせてから、すぐ後でウーンと唸らせるようなドンデン返しが用意されていたら、どうしよう……。
(大恥をかくことになるが、こんな嬉しい恥はない。大いに笑われてやろう)
私は〈幸福の科学〉の愛の神髄を確かめるべく、思い切って筆を握った。

〔質問〕迷える小羊の扱いについて

イエス様の愛の表現の仕方としては、99匹の羊を待たしても1匹の迷える小羊を探し出して連れて行くというふうに聞いております。
私の考えでは、今回、神託結婚を拒否したAさんが迷える小羊に見えるので、先生には一対一でよく諭して欲しいとお願いしたのですが実現しませんでした。
会が急速に伸びなければならない時期という点はわかりますが、先生とイエス様の「愛の表現の違い」をわかりやすくご指導ください。

〔答え〕

問題の本質が十分に見えていないようです。
総務の仕事は火消し役です。
火種に油を注いではなりません。
知恵なき愛は人を我が儘にさせ、増長させ、そしてついに堕落させます。
A氏の問題でなく、自分の問題として考えてください。
過去自分の意図に反して人が行動した際に、それがなぜであるか考えてみてください。
結婚の現象は、幸福の科学の指導霊団が今回の仕事の実証として計画しているものです。
そしてこの現象を妨害して、霊言の信憑性をぐらつかせようとしているルシファーたちの計画があります。
幹部たるもの職員たるもの、こちらに加担してはならないのは当然のことです。
指導霊団の怒りの真意を看破してください。
それともう一つは、こうした団体に集う人は、自分の日常生活的な問題や、身体的な問題まで、精神的なもの、霊的なものにスリかえる傾向があります。
形而上と形而下と峻別する必要があります。
──以上──

??──この人は何を語っているのだろう。
これでは私の質問に何も答えていないのと同じではないか。
おまえたちは何も考えず与えられた仕事だけをしていろ、ということなのか。
それではヒットラーやスターリンと少しも違わない。
そのうえご丁寧にも「日常生活的な問題や身体的問題を、精神的霊的問題とスリかえるな」と、体の不調を口実に出勤拒否している中原にまで牽制球を投げている。
どこにも愛はなかった。
思いやりも優しさも、仲間を護る暖かさも勇気も、何ひとつ見出すことができなかった。
これでも高次元の愛だと言うなら、100パーセント庇理屈である。
昨日までの仲間が悩み迷っているのだ。
光を求め道を探っているのだ。
職を捨てて霊性時代の樹立のために馳せ参じた私たちの同志が、いま迷っているのである。
こんなときに愛の手を差しのべないで、いつ愛をおこなうのか。
自分の言うことを聞かないからとサッサと切り捨ててしまう。
そんな釈迦如来がいるだろうか?
〔与える愛〕は建前だけ、理論として口で唱えるだけだったのか。
そんな宗教団体なら、今までにも腐るほどたくさんあった。
理論だけ、おしゃべりだけなんてクソにもならん。
私たちが夢見たものは、そんなものではなかったはずだ。
怒りを通り越して、落胆した。
必死に支えてきた心の奥の何かが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちるのが聞こえてくるようだった。
(やっぱり、本者のお釈迦さまではなかったのか……)
寒かった。
心が寒くてならなかった。

第5章 さらば幸福の科学よ

《紀尾井町ビルヘの入居契約が最後の奉公》

阿南事件のあった88年から89年にかけての冬は、寒く長いものに思われた。
その年の1月、昭和天皇の崩御があった。
2月には政界、財界、官界を巻き込んだリクルート疑惑で、リクルート元会長が逮捕されている。
また新聞やテレビのニュースでは埼玉県で頻発していた幼女誘拐殺人のことが連日報じられていた。
バブル経済の真っ最中だったが、暗いニュースがつづいた。
物質的に豊かにはなったが、人の心はますます荒廃の度を深めていくようだった。
その荒廃から立ち上がるべく、新しい価値を求めた私たちの運動。
そこに私はもう希望を見出せなくなっていた。
心が重く沈む。
春はなかなか来ないように思われた。
しかしバブルが膨らみつづけていたように〈幸福の科学〉も着実に大きくなっていった。
三度目の拠点となっていた西荻窪の地下の事務所もすでに手狭になっている。
さて次の事務所はどうしよう、という話がチラホラ出ていた。
またまた私の出番である。
駅前の七階建てビルが空くと聞いて当たってみたが、宗教団体はお断りとアッサリ振られてしまった。
西荻窪にしっかり根をおろし、ここを神理伝道の拠点にするというのが〈幸福の科学〉の最初の決意だった。
「場所など問題ではない。
素晴らしい教えさえ説きさえすれば、地球の裏側からでもここへ尋ねてくるようになる。
だから、この西荻窪が聖地なのだ。
天理教ができて天理市になったように〈幸福の科学〉がこの町の名前を変える日がきっとくる」
はじめの頃、西荻窪への大川の入れ込みようは大変なものだった。
しかし主宰先生の言うことは、すっかり変わってしまった。
「こんな田舎に何で居なければならないんだ。
政治家とのコンタクトも、これからは必要になる。
中央へ出たい。
高級霊からの通信も、それがいいと言っている」
大川に何か野心があるなら、便利屋程度にしか見られていない私が何を言っても耳を傾けはしないだろう。
「高級霊からの通信」という切り札があるかぎり、どんな正論も通じない。
高級霊の指示だからと、その野心を達成しようとするだろう。
(どうせなら何でもしてやろうじゃないか)
そんな気持ちになっていた。
新宿三丁目に手頃な貸しビルがあった。
宗教団体を表に出さず、出版社として下交渉すると間もなくOKが得られた。
そこを第一の候補として、次にもっと思い切りすごいところを狙ってみた。
それが〔紀尾井町ビル〕である。
千代田区紀尾井町に建設が進んでいた地上二六階建てのこのビルは、当時ビジネスマンの話題の中心であり、あこがれの的だった。
東京の一等地では、もはや入手不可能な広いフロア、皇居や永田町にも近い地の利。
賃貸料も月何千万円という単位である。
そこに入居することは、トップ企業の証明であるかのように思われていた。
(ひとつ、あそこを狙ってやろうか)
新宿のビルの下交渉で親しくなった不動産業者に相談すると、たちまち目を輝かせた。
契約成立となれば、手数料だけで2000万円を越えるのである。
しかし金を出せば誰でも入れる、というわけではなかった。
権威という付加価値をつけたいビル側(大京)の内容審査は厳しく、やっと名が売れ始めたばかりの宗教団体に簡単に貸してくれるとは思えなかった。
とりあえず本部に相談すると、大川は身を乗り出してきた。
ダメで元々ではないか、とりあえず挑戦してみよう。
その気になって、大いに私を励ましてくれた。
中小企業が、一気に一流企業の仲間入りをするのである。
会の礎として献身してきた私にも、それは愉快なことである。
大京の事務所へ行くと態度こそ丁寧だったが、こちらを軽く見ているらしいことは、私にも推察できた。
〈幸福の科学〉などという名前は聞いたこともないのだろうから、それもしかたあるまい。
この敵をどう攻略してやろうか。
私はいつの間にか〔紀尾井町ビル入居〕をゲーム感覚で楽しみ始めていた。
次の折衝のときは、建設中のビルへ案内された。
まだ骨組みしかなかったが、鳥カゴのようなエレベータで21階まで昇った。
物凄い恐怖と、春とはいえ寒々とした曇り空だったことをよく覚えている。
東京を睥睨するような、素晴らしい見晴らしだった。
あんな高みから見おろしたら、人の心や生活はますます見えにくくなるだろう。
今にしてそんなふうに思う。
しかしあのときの私は、そんなことを感じるゆとりはなかった。
高所恐怖症者のように、自分の高さが怖くてしかたなかった。
事務所に帰った私は、見てきたことをさっそく大川や幹部連中に話した。
私自身いくらか興奮していたかもしれない。
当初は夢物語でしかなかった。
それが次第に大きな期待となって膨らんでいった。
ついに高級霊からの指示があった。
「高級霊から指示が下り、九次元霊全員が新宿ではなく紀尾井町ビルに移れと言っている」
ある朝、そんな神示が大川から披露された。
ご存じない方のために言っておくと、九次元というのは人の霊としては最も進化した人々のいる世界で、
仏陀、キリスト、アラー(高橋信次)、モーゼ、孔子、ニュートンなどが九次元霊である。
その霊たちがこぞって「紀尾井町ビルに移れ」と言っているという。
私にとっては、いよいよ話が面白くなってきた。
例の業者と作戦を練った。
まず新宿のビルのほうで内諾をとり、その信用で大京側を落とそうというものだった。
じきに大京から、もう少し具体的に調査したいと言ってきた。
今度は細田局長をともなって大京を訪れた。
質問は以前と同じだったが、私にはピンとくるものがあった。
私たちは事務所としては最高の場所にある18階を希望してその日の交渉を終えた。
外に出ると細田が言った。
「ウチのスケールでは、ちょっと無理じゃないかね」
「いや、これはOKですよ。間違いない。ただね、18階は貸せないが、3階か4階ならいいと必ず言ってきますよ」
まだ小寒い陽射しの中を、私たちは西荻窪の小さな事務所へと急いだ。
そこに入居することは、トップ企業の証明であるかのように思われていた。
これが〈幸福の科学〉における私の最後のご奉公になった。
しかしそれを今、複雑な気持ちで思い出す。
この紀尾井町ビルが、会の拡大路線に火をつけてしまったのではないだろうか。
4月になると、高級霊から大川に「伝道の許可」が与えられ、会員獲得へ盛んに檄が飛ぶようになった。
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